夏空12


「大丈夫や。ちょっと疲れただけやから」
「そう」

 さっきまであんなに元気そうに見えていた弥生が、今では壊れかけのガラス細工のように脆く危なげに見えてしまう。
 こういうとき、あたしはこの子のそばを離れたくないと心から思う。
 あたしが守ってあげなきゃと、使命感のようなものが胸に湧き上がる。

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 と、ふいに、弥生が口を開いた。

「なあ美代ちゃん。ちょっと肩かしてもろてええか?」
「肩?」
「うん」
「いいけど、なにするの?」
「そりゃーもちろん、枕や」

 言って、弥生はあたしの肩に頭をもたれかけた。

「なによ、やっぱり横になった方がいいんじゃないの?」
「そういうわけやないんやけどなー。なんちゅうかホラ、恋人気分を味わいたいっちゅーか。今後ウチに彼氏が出来たときの予行練習っちゅーか」
「アホか」

 どうやら冗談を言えるほどにはまだ余力があるらしい。あたしはちょっと安心した。
 それから少しの間、あたしたちは無言だった。
 弥生はあたしの肩に頭をもたれかけたまま目を閉じている。わずかに呼吸が乱れ、額にはうっすら汗が滲んでいた。暑さのせいだけではない。

「美代ちゃん……ありがとな」

 唐突に、目を閉じたまま弥生が囁く。

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「ありがとう? なにがよ」
「ウチのワガママに付き合ってくれて」

 どうやらこの旅のことを言っているらしい。

「あんたのワガママに付き合うのなんか、今に始まったことじゃないでしょ」
「あはは。確かにそうやなー。でも、今回はそのなかでもとびきりのワガママやからなー。ホンマありがとうなー」
「やめてよ、そんなくすぐったいこと言うの。弥生らしくないわよ」

 弥生が急にしんみりしたことを言うので、あたしは不安になってしまった。
まるで死の間際の遺言のように聞こえてしまうからだ。

 あたしは、弥生を失いたくない。

 いつまでも弥生には笑っていてほしいし、幸せでいて欲しい。たとえその境遇が救いようのないほど悲惨なものであったとしても、せめて心のなかだけは、満たされていてほしい。

 そのためなら、なんだって出来る。世界中を敵に回すことだって、たぶん、出来る。

 と、弥生はそこで誤魔化すように、いたずらっぽく笑った。

「残念やなー。ちょっとイイ雰囲気ぽかったから、こう言えば美代ちゃんもイチコロかなー思たんやけど、上手くいかんもんやな」
「アホか。ほら、バス来たわよ、立てる?」
「うん」

 あたしは立ち上がって、弥生の手を取った。弥生はしっかりとその手を握り返した。

 弥生の手はとても冷たかった。

あたしはそのかぼそい手が温まるように、強く握り締めた。

彼女の命が、手のひらから流れ出てしまわないように。

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