夏空 13


 宿に着くころには弥生は少しだけ回復した。顔色は相変わらずだったが、いつものしょうもない冗談が言える程度には回復したようなので、あたしはほっとした。

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 宿は、まあどこにでもあるありきたりな民宿だった。二階建ての木造建築で、ボロくもないが豪華でもない。

 むしろ宿そのものよりもあたしたちの関心を集めたのが、この宿の立地だった。

 なんと、さきほど駅から見たボス山のすぐ近くなのだ。

 こうして正面から見上げると、宿の背後からボス山が見下ろしているように見える。なかなかの威圧感だった。

 ボス山を見上げて、弥生が声をあげた。

「ひゃー、すごいなあ。トト○でも住んでそうや」
「わざわざ伏字を使わなくてもいいわよ。トトロでしょ、トトロ」

 元気になった途端にこれだ。
いや、むしろ元気になったからこそこれなのだろうか。

元来の弥生は息を吐くのと同じようにボケてくるのだ。

「なあ美代ちゃん、やっぱりあれが狗堂山なんかなあ」
「え? さあ、どうかしらね。あとで宿のひとにでも訊いてみたら?」
「そうやな」

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 そのときだった。タイミングよく宿の女将さんらしき女の人が出て来た。
五十歳なかばくらいの、優しそうなおばさんだった。

「あらあら、いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ」
「あ、どうも、予約しておいた……」
「はいはい、分かってますよ。美代ちゃんと弥生ちゃんね」
「はい」
「どうもー」
「わざわざこんな田舎まで宿題をしに来るなんて、偉いわねー」
「は? あ、はい、そうです。夏休みの宿題で……」

 宿題というのは、うちの母が作った設定のことだ。いくら親の公認を得ているとはいえ、女子高生がふたりだけで一月以上も田舎に泊まり込むにはそれなりの理由が必要だろうと、母が機転を聞かせて適当な話をでっちあげたのだ。

 母の設定いわく、あたしたちは夏休みの宿題で、この白海の文化や歴史を調べに来たということになっているらしい。

「なんにもないところだけど、もうちょっとしたらこの辺じゃ有名なお祭りがあるから、良かったら見ていらっしゃいよ。夏休みの宿題にもいいと思うわよ」
「はい」

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