夏空 14


「さ、今日はもう疲れたでしょう。もう少しで日が沈んじゃうから、今日はもうお部屋でゆっくりくつろいだらどう? 荷物はあとから送られてくるんでしょ?」
「はい。明日ぐらいには着くと思います」

砕けた口調だが、それがむしろ親しみやすかった。
もちろんあたしたちが未成年でなければ接し方も違かったのだろうが。

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「それじゃ、今日はもう部屋で休ませてもらいます。弥生もそれでいいわよね?」

 あたしは弥生の体調のこともあったので、今日の所はもう女将さんの言葉に従うことにした。どのみちあと数時間もしたら日が沈んでしまうので、出かけようにも時間がない。

 あたしの問いに、弥生は素直に頷いた。

「うん。出かける楽しみは明日にとっておこか。ところでおばちゃん、狗堂山って、あの山のことですか?」

 弥生は宿の裏のボス山を指差した。

「ええそうよ。このあたりの名所のひとつでね。ハイキングコースもあるから、興味があったらお嬢ちゃん達も一度登ってみたらどうかしら。見た目は高そうだけど、坂はゆるいしちっとも大変じゃないから、お嬢ちゃんたちでも簡単に登れるわよ。この辺りの子供なんか、毎日あの山で遊んでいるんだから」
「へー。毎日かぁ」
「弥生?」

 妙に狗堂山を気にしてるな、とあたしはちょっとだけ引っ掛かるものを感じた。
しかし、そのときおばちゃんがタイミングよく、

「さあさ、とにかくお部屋にご案内しますよ。お荷物をどうぞ」

 と言ったので、深くは追求せずに部屋へ向かった。
 

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「えへへー。浴衣や~」

 それから数時間後。そこそこおいしくていかにも民宿のゴハンといった感じの夕御飯を食べ、お風呂を済ませたあたしたちは、用意されていた浴衣に袖を通した。

 あのあと案内された部屋は、まあ狭くも広くもない普通の和室だった。

 ただ、ふたつある窓の内のひとつは例の山に面していて、あまり景色がよくないのが難点と言えるくらいだ。ちょっとだけ威圧感があるのだ。 

 弥生はすっかり体調が回復したらしく、嬉しそうに浴衣の袖をひらひら振って遊んでいた。

 楽しそうなのはいい事だが、ずいぶんとはしゃいでいるのでつい訊いてみる。

「ずいぶんと嬉しそうねー。あんたってそんなに浴衣好きだったっけ?」
「好きとか以前の話や~。ウチ、浴衣着るの初めてやもん」
「えっ? そうだったっけ? 夏祭りとかで着てなかった」

 あたしはちょっと驚いてしまった。

 いくら都会育ちのあたしでも、浴衣の一着や二着は持っているというのに。

 弥生は拗ねたようにあたしを見上げた。

「なに言うとるんや~、美代ちゃん。ウチ、お祭りなんか一回も行ったことあらへんで~」
「ええっ? うっそ!」

 さらに驚いた。

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