夏空 22


 弥生はさらにウソを並べた。
「そーいえば、オカンが前に、いとこがひとり行方不明やー、連絡つかんから法事にも呼ばれへん~とか言うてたような気がする。もしかしたらそのひとのことちゃうやろか?」
「あらあら、それは大変ねえ」
「おばちゃん、そのひとが今どこにいるか、ホンマに分かりませんか?」

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 よくもまあこんなにスラスラと嘘がつけるものだ。あたしは驚いてしまった。

 弥生のことはなんでも知っているつもりだったけど、こんな一面があったとは意外だった。

 しかし、美知子さんは首を振った。

「ごめんなさいね~。本当にこれ以上のことは知らないのよ。ちょっとこの辺りじゃ有名な子だったから、顔を覚えていただけで……」
「有名な子?」

 あたしは反射的に聞き返した。

 美知子さんはちょっと言いづらそうに、言葉を選びながら言った。

「あの子ね、虐待されてたのよ」
 あたしたちは一瞬、言葉を失った。
「虐待、ですか……? それってあの、親に暴力を振るわれたりする?」

 当たり前のことを訊いたのは、あたしだった。

当たり前のことだが、ちゃんと確認しておきたかったのだ。

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美知子さんは辛いことを思い出したような顔で頷いた。

「あの子、お父さんとふたりぐらしだったらしいんだけど、このひとがロクでもないひとでね。仕事はしないし、イライラするとすぐ香織ちゃんに当たったり、家に女のひとを連れ込んだり……そのせいであの子、夜中によくひとりでふらふら歩いていたのよ。それで顔を覚えちゃったんだけどね。あの頃は今ほど虐待とかそういうのが世間に知られてなかったから、そういう子を保護する施設とかもあんまり介入できなくてね、結局、ほったらかしだったのよ」

 美知子さんはそう言ったが、きっと美知子さんも香織をほったらかしにした人間のひとりだったのだろう。 

 しかしあたしは彼女を非難する気にはなれない。世間とはそういうものだろう。心配もするし同情もするし、香織の父親に強い憤りも覚えるけど……でも香織を助けるための具体的な行動には移れない。そういうものだろう。

 みんな、関わり合いになるのを避けていたのだろう。

「それにあの子は、ちょっと普通じゃなくってね。知恵遅れとかじゃないらしいんだけど、ときどき言葉がつっかえたりしてね。話しかけてもいつもオドオドしていて、逃げるようにいなくなっちゃうのよ。きっと他人が怖かったんでしょうね」

 美知子さんは昔を思い出すように遠い目をして続けた。

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