夏空 23


「いつも夜中にね、町のなかとか田んぼの畦道なんかを、香織ちゃんがひとりで歩いているのを見かけたのよ。言葉は悪いけど、なんだか幽霊みたいでね……ちょっと不気味だったわ」

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 あたしは悲しい想像をする。

 夜、ひとのいない町中を、ふらふらと歩いている少女。

 彼女の身体にはいくつもの傷がついている。髪は乱れて、目は泣き疲れて、もはやうつろになっている。

 家には帰れない。だけど行くあてもない。

 彼女は、なにを求めて、そしてどこへ向かって歩いていたのだろうか。

「そのひとは、友達とかはいなかったんですか?」

 弥生が訊いた。

「さあ、なにしろ変わった子だったからねえ。いなかったんじゃないかしら……」
「そうですか……」
「あっ、でも、仲良くしているひとはいたのよ。この近くに住んでるおばあちゃんでね、昨日も言わなかったかしら。あの山に五十年以上毎日登り続けている徳さんってひと」

 美知子さんは窓の外の狗堂山を指差した。

「あのひとにだけは心を開いていたみたいよ。もしかしたら香織ちゃんの行方も知ってるかもしれないから、気が向いたら言ってごらんなさいよ。山のふもとに一軒だけある、青い屋根の小屋に住んでいるから」

 美知子さんはそこで時計を見て、

「あっ、いけない。つい長話しちゃったわ。さあさあ、すぐに朝ご飯を運んでくるから、お布団をしまわせてくださいな」

 と言って、慌てて布団を畳み始めた。

 美知子さんが朝食を取りに部屋を出て行ったのを見計らって、あたしは弥生に訊いた。

「どう思う、弥生。今の話」
「うーん……びっくりしたけど、まだなんとも言えんなぁ。ホンマに他人の空似かもしれんし……とにかく、その葉山香織ってひとのこと、もうちょっと調べてみようや」
「そうね。それじゃ、ゴハン食べたら、とりあえずその徳さんってひとに会って話を聞いてみましょうか」
「そうやな」
「それはともかく、あんたよくあんなスラスラと嘘が出て来たわね。ちょっと感心しちゃったわよ」
「ああ、うん」

 そのとき、弥生はちょっと寂しそうな顔で、ぽつりと、

「まあ、ウチは嘘つきやからな」

 と言った。

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「へ? それって、どういう意味?」

 あたしが聞き返すと、弥生は取りつくろうように笑顔になって、答えた。

「魔性の女っちゅー意味や。ええ女は嘘で男を手玉に取るもんなやて。テレビで言っとったで」
「アホか」

 てっきりいつもの冗談だと思い、そのときのあたしは弥生のその言葉をまったく相手にしなかった。

 しかしあとになって、あたしはそれが弥生の罪悪感からくる、罪の懺悔であったことを知った。

 そう、弥生はこの旅のなかで、いくつもの嘘をついた。

 いいや、正確には、旅が始まる前からそれは始まっていたのだ。

 だけどあたしはなにひとつその嘘に気づくことなく、彼女に乞われるままに旅につき合ってしまったのである。

 ホント、親友として面目ない限りだと、今でもあたしは後悔し続けている。

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