夏空 27


 青い屋根の家はすぐに見つかった。狗堂山のふもと、道路を挟んですぐの場所にぽつんんと一軒だけ建っていた小さな一軒家がそれだった。
 表札には『黒田徳子』と書いてある。

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「あれ? どこかで聞いた覚えのある名前ね」
「ウチも思った。似た名前の芸人でもおったやろか?」
「あたしの記憶にはいないけど……まあいいわ。それより、心の準備はいい?」
「うん」

 あたしが念のために確認すると、弥生は静かに頷いた。

 心の準備というのはもちろん、自分の母親かもしれない人物の話を聞く心の準備のことである。

 なにしろ子供を捨てた人間について尋ねるのだ。弥生にとって辛い話が出てくる可能性は充分に考えられる。

 が、幸か不幸か、何度チャイムを鳴らしても何の反応もなかった。

「留守みたいね」
「買い物やろか。それとも夏休みやからって、遠くに旅行に行ってもーたんやろか」
「それもあるかもしれないけど……もしかして、狗堂山に登ってるってことはないかしら。ほら、女将さんが、徳子さんってひとは五十年間毎日狗堂山に登ってるって言ってたじゃない」
「あー、そう言えばそう言うてたなー。じゃあ、狗堂山に行ってみようや」

 というわけで、あたしたちは噂の狗堂山に向かってみた。

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 黒田徳子さんの家から山に沿って歩くこと、ほんの数分。あっという間に入口に辿りついた。

 なんということのない、いわゆる普通のハイキングコースである。

 あたしたち以外にひとはいなかったが、見たところ道もなだらかで、あたしが中学に先生のときに修学旅行で登った山よりもはるかに簡単そうに見えた。道の脇に設置してある看板にも『登山時間・約一時間三十分』と書いてある。

 それはともかく、ここにも目当ての徳子さんはいなかった。

 もちろん、入口にいる可能性は低いとは思っていたが、こうなるとちょっと困ってしまう。山に登るという選択肢が生まれてしまうからだ。

 しかしそうなると、弥生の体力的にキツイだろう。

「どうする、弥生? また今度出直す?」
「なんでやー、美代ちゃん。登ろうや。ウチ、山に登ったことないから、登ってみたい」
「そんなこと言ったって、山登りってのはアンタが思ってるよりはるかにキツイのよ」
「行ってみな分からんやん。ウチ、今日は調子ええから、きっと大丈夫やで」
「そんなに登りたいの?」
「うん」
「はあ……分かったわよ」

 根負けしたあたしは、いつも通り「しょーがないなあ」という表情を作って、許可を出した。

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