夏空 29


 しかし見渡せる範囲のなかには自販機らしきものはない。

 仕方がないので適当に歩き出す。すると道路の先に小さな人影があった。

 作業着を着たおばあちゃんだ。

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「すいません、この辺に冷たい飲み物が買えるところありませんか?」
「この辺にはないねえ。もうちょっと町の方にいかないと……どうかしたのかい?」
「実は、友達が具合悪くなっちゃって……」

 と、そこまで言って、あたしは相手の顔に違和感を覚えた。

 両目を閉じているのだ。手には杖を持っていた。

 どうやら目が見えないらしい。

 あたしは咄嗟に、失礼がないようにしなきゃ……と自分を戒めた。

 でも同時に、そういうことを思うこと自体が失礼なんじゃないだろうかとも思ってしまう。デリケートな問題だ。

 目を閉じているためか、おばあちゃんの表情はとても柔らかく、優しそうに見えた。

「そりゃあ大変だ。良かったらウチの麦茶でも持っていくかい? 安物だけどよく冷えとるよ」
「いいんですか?」
「構わないよ。ついてきなさい」

 そういうと、おばあちゃんはしっかりした足取りで歩きだした。

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「ここだよ」

 おばあちゃんが立ち止まった先の家を見て、あたしは思わず声を上げそうになった。

 なぜならそれは、あの『黒田徳子』さんの家だったからだ。

「あの、おばあちゃんが黒田徳子さんなんですか?」
「そうだけど、あたしになにか用かい?」
「いえ、あの、実はちょっとお訊きしたいことがあったんですけど……葉山香織さんのことについて」
「葉山香織? はて……」

 徳子さんはすぐには思い出せなかったのか、首を傾げて考えたあと、

「ああ、香織ちゃんのことか。しかし何でまた今になって」
「それが、ちょっと一言では説明出来ないんですけど……」

 あたしは返答に困ってしまった。

 しかしそれにしても、あの、十六年前に狗堂山で弥生を拾ったひとが、弥生のお母さんかもしれないひとと親しかった人物と同一人物だなんて……これは偶然なんだろうか。

 根拠はないけど、なんだかとても重大な理由があるような……気がしないでもない。
 ……こういうのを素人考えというのだろうか。
「ふうん……まあ、とにかくまずはそのお友達のことが先だね。ほれ、麦茶だ。なんだったらその子もここに連れて来るといい。扇風機しかないけど、外にいるよりはマシだろう」
「ありがとうございます。それじゃ、すぐ連れてきます。こっちで休ませた方がいいと思うし。あ、麦茶もあとでいいです」

 あたしは徳子さんに頭を下げてから、もと来た道を駆け戻った。

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