夏空 30


 といっても大した距離ではない。一分とかからずに弥生のもとに辿りつき、ふらつく弥生の手を取りながら、今度は五分で再び徳子さんの家へと戻った。

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「おばあちゃーん、連れてきましたー」
「こんにちは~」

 弥生も弱々しい声で挨拶をする。

「早かったねえ。ほれ、具合が悪いのならそこで横になってなさい」

 徳子さんは玄関ではなく縁側に腰かけていた。

 その奥の和室に布団が敷いてあった。その上、扇風機まで用意してくれている。あたしはなんだか恐縮してしまった。

「すいません、初対面なのにここまでしてもらっちゃって……」
「なあに、困ったときはお互い様さね」
「ほら、弥生もお礼言って」
「おおきに~」

 あたしは軽く弥生の頭をはたいた。

「ちゃんと言いなさい」
「……ありがとうございます」

 徳子さんはその様子を見て(正確には聞いて)、声をあげて笑った。

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「ずいぶんと仲が良いねえ。まるで掛け合い漫才みたいだ」
「そ、そうですか?」
「まあとにかく、横になりなさい」
「お邪魔しまーす」

 意外と図々しい弥生はさっさと靴を脱ぎ、縁側から上がりこむと、よろよろと布団に歩み寄って倒れるように横になった。

 もしかしたら、弥生が自分で言っていた以上に、弥生の体調は悪いのかもしれない。

 あたしは心配になったが、この場では訊きづらかったので、何も言わなかった。

「それで? なんで今頃になって香織ちゃんのことなんて聞きたがってるんだい?」

 徳子さんに質問され、あたしは返答に窮した。どう答えたらいいものか。

 仕方がないので、ウソ設定作戦を使うことにする。

「あの、そこの弥生の親戚が、もしかしたら葉山香織さんなのかもしれないんです。ずっと連絡が取れなかったんですけど、もしかしたらこの町にいるのかもしれないってことになって……」

 こんな親切なひとに嘘をつくのは心苦しかったが、本当のことを言うのもそれはそれで後々大変なことになる可能性もあるので、あえて弥生の造った設定を流用させてもらった。

 なにしろ、もしかしたら葉山香織は本当に弥生の母親かもしれないのだ。

 それもただの母親ではない。子供を捨てた母親である。

 それなのに、こんなところで軽々と口をすべらせてしまって、もしもそれが噂になどなってしまったりしたら……その時点で葉山香織は罪人と看做されてしまうのだ。

 そうなれば警察だって動くだろう。そしてそうなったら、弥生だって無事では済まない。スキャンダル好きのマスコミの餌食になることだって充分に考えられる。

 弥生を傷つけないためにも、今は嘘を貫くしかないのだ。

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