夏空 38


 中年の女性がこちらに歩み寄って来た。このひとがこの店の責任者、いわゆるママなのだろうか。確かにそんな感じがする。

スポンサーリンク

「あの、実はひとを捜していてですね……」

 しかし、あたしが事情を説明するよりも先に、女のひとに変化が起きた。

 弥生を人目見るなりぎょっと目を見開き、愕然と、

「アンタ、まさか、香織ちゃん……? 生きていたの……?」

 まるで幽霊でも見たような顔でそう言ったのだ。

 どうやら、弥生はよほど葉山香織に似ているらしい。

 たぶん、本当に、母子なのだろう。あたしはもう九割九分確信していた。

「ちゃいます。親戚です」

 しかし弥生は頑なにその設定を貫こうとしたので、あたしもそれに従うことにした。

 それから、あたしはこれまでのいきさつを話した。

話が終わると、女のひとは半信半疑といった目で弥生を見て、

「親戚……そう……」

 ――なんだか何か言いたそうな顔だった。

「どうかしたんですか?」
「ううん、なんでもない。それより、香織ちゃんのことね。うん、あたしが知っている限りでいいなら教えてあげるわ。――優ちゃん、悪いけど、後のことはお願いね。あたし、しばらく上にいるから」
「はーい」

 優ちゃんと呼ばれた派手な女のひとは、気だるそうにそう返事した。

スポンサーリンク

「さ、上にあたしの自宅があるのよ。ついておいで」

 ママらしき女のひとは、なんだか弥生を労るような、優しい口調でそう言い、部屋の奥に向かって歩き出した。

 あたしもそのあとに続こうと足を踏み出そうとした。

 しかしそのとき、弥生があたしの腕を掴んだので、立ち止まる。

「どうしたの?」
「ちょっとだけ、怖い。……話を聞くのが」

 弥生は俯いていた。土壇場になって怖気づいてしまったのだろう。

 弥生はプライドが高くて、意地っ張りで、負けず嫌いで、それでいて本当は、気の弱い普通の女の子なのだ。

 あたしはそれが分かっているから、弥生の頭を撫でて、優しく笑いかけた。

「大丈夫よ。あたしがついてるでしょ?」
「……うん」

 弥生は顔を上げた。

 あたしは弥生の手を握ってあげた。それから、奥の扉へ向かって歩き出した。

 そう、大丈夫だよ、弥生。

 たとえどんな辛い事実が待ち受けていたって、あたしがちゃんとそばにいてあげるから。

 だから、心配しないで。

 弥生はきつくあたしの手を握り返した。

スポンサーリンク

前へ 次へ 作品一覧へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA