夏空 39


 その後、あたしたちは女のひとの自宅にある居間に通された。

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 高そうなソファに弥生と並んで座り、女のひとと向かい会う。

「自己紹介が遅れたけど、あたしの名前はね、九賀陽子っていうの。もう二十年以上下の店を経営しているわ」

 ということはやっぱりママなのか。そうだと思った。

「葉山香織さんは、やっぱりここで働いていたんですか?」

 あたしが訊いた。

「ええ。下の店が出来て二、三年のころだったから、今から十七、八年くらい前ね。お弁当屋さんをやめて、ウチに来たのよ。確か十六歳くらいだったわね」

 と、そこで陽子さんは付け足すように、

「本当は十六で働かせたらいけないんだけどね。年齢を誤魔化したりするのはよくあることだし、ウチも酒場としてはまっとうな商売をしているから、いいと思ってね」

 言われて、あたしはようやく、さっきまでの自分の考えが間違っていたことに気づいた。

 常識で考えてみれば、エッチなお店だろうとなんだろうと、未成年が夜のお店で働けるわけがなかったのだ。

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「香織さんは、どうしてお弁当屋さんを辞めたんですか?」

 またもあたしが訊いた。

 が、陽子さんはなかなか思い出せないらしく、

「えーっと、なんだったかな……ちょっとド忘れしちゃったわね」
「確か、男のひとに貢いでたって話やったけど……」

 弥生がぽつりと助け船を出した。あの弁当屋の主人が言っていたことだ。

「男? 違うわよ。タチの悪い男に掴まったのはもっとあと……ああそうだ、カードのローンが払えなくなっちゃったんじゃなかったかしら。それで、もっと収入のいいウチのお店にくることになったのよ」
「カードのローン? それってつまり、浪費家だったってことですか?」
「そうね。そういうところはあったわね。香織ちゃん、欲しい者があるとなんでもすぐ買っちゃうのよ。昔は今と違ってカードも作りやすかったからね。際限なく使っちゃって、すぐに首が回らなくなっちゃったってわけ。ずいぶん使いこんでたから、傍から見ると男に貢いででもいるみたいに見えたのかもね」
「はあ、そうですか……」

 あたしは何と言って良いものか、言葉が見つからなかった。

 今まで聞いてきた話から、あたしはなんとなく、葉山香織を悲劇のヒロインのように思っていた。

 しかし今の話を聞く限り、とても言い難いことだが、正直に言って、馬鹿な人、という感想しか出てこない。

 豊かな物質時代に生まれ育ったおかげだろうか、あたしには、次から次に物を買ったり、その結果身を持ち崩すひとの気持ちが理解できない。

 物なんて、たくさんあっても邪魔なだけじゃないだろうか。どれだけブランド物や高級品をかき集めたところで、一定までの幸福しか得られないんじゃないだろうか。いいやむしろ、そういう短絡的な豊かさを求めてしまうと、永遠に満たされないアリ地獄のような人生に陥ってしまうのではないだろうか。

 あたしには、そう思えてならないのだ。

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