夏空 49


 弥生の口から、寂しいなどという言葉を聞いたのは初めてだ。

スポンサーリンク

「でも、あんたには施設の職員さんたちがいたじゃない。それに今はあんまり会ってないみたいだけど、施設の仲間たちだっていたでしょ? いつも仲よさそうにしてたじゃない」

 そしてあたしも、いつもだったら踏み込まない領域にまで、躊躇うことなく踏み込むことが出来た。

「そうなんやけどな。でも、上手く言えないけど、施設のみんなではあかんねん。なんちゅうか、変な言い方なんやけど、『自分だけの誰か』みたいのが欲しかったんや。ウチだけの、特別なひとが……」
「……………」
「ウチ、もしかしたらホンマに、美代ちゃんのことお母さん代わりにしとったのかもしれんな」

 弥生は照れたように、舌を出して笑った。

 あたしは弥生の言葉を聞いて、胸が温かくなった。

 だってそれは、あたしが望んでいたことだから。

 弥生にとって特別なひとでありたいと。

 弥生が望むすべてのものを与えてあげられる誰かであり続けたいと。

 そう思って生きてきたから。

 だから、あたしは言った。

「お互い様よ」

 ちょっとだけ、いつもの強気と余裕を取り戻しながら。

スポンサーリンク

「あたしもあんたのこと、手のかかる娘か、妹みたいに思ってたんだから。じゃなきゃ、こんなとんでもないワガママに付き合ったりしないわよ」
そして笑った。

なんだか、とても楽しかったから。

嬉しかったから。

「ホンマやなあ。めっちゃワガママや、ウチ」

 弥生も笑った。

 そのとき、あたしは不思議な安らぎを胸に感じていた。

 弥生と、心が通じ合っているという安心感。

 なんの証拠もなく確認のしようもないのだけど、少しも疑うことなくその安らぎに身をゆだねることが出来る。

 そしてそれは、きっと弥生も同じなのだろう。

 ……本当に、このまま時が止まってしまえばいいのに。

「ねえ、弥生。もしももっと長生きが出来るとしたら、何がしたい?」

 あたしは、普段は絶対にしない質問をぶつけてみた。

 弥生は予想外の質問にちょっとだけ驚いた顔をしたが、少しだけ考えたあと、

「美代ちゃんともっと旅がしたいな」

 と言った。

「旅?」

「うん。今度は、一カ月だけやなくて、もっともっと遠くまで行きたい。いつまでも一緒にいたい」

スポンサーリンク

前へ 次へ 作品一覧へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA