夏空 5


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「それは九月からや。先生が気ぃ利かせてくれてな~、最後の夏休みはめいっぱい遊んでええで~ってお墨付きをくれたんや。どうせもう長く生きられんのやから、楽しんだ方が幸せやろ~言うてな~」
「本当に? そんなことってあるの」

 あたしはちょっと疑ってしまった。
 この間は確か、終業式が終わったらまたすぐ入院するとか言っていた気がするのだが。

「ホンマやて~。なんなら、ウチの主治医の先生に電話で確認してみるか~?」
「う~ん、まあ本当ならいいけど……でも、あんたの身体は大丈夫なの」
「平気や~。なにも徒歩で行くわけやないんやから。具合悪くなったら宿で寝とればええねん。家におるのと一緒や」
「まあ、そう言われればそうだけどさ……」
「というわけで、美代ちゃん。お願い、ウチと一緒に白海に行ってや~」

 弥生は顔の前で手を合わせ、拝むように懇願した。
 その様子を見ている内に、あたしの胸のなかに、もやもやとある想いが湧き上がり始めた。

 弥生に、優しくしてあげたい。弥生を喜ばしてあげたい。

 弥生の望みを叶えてあげたい。

 それは常日頃から弥生に対して抱いている、あたしの本音でもある。

 いつのころからだろうか。あたしは、弥生に対して普通の友達関係とは違う感情を抱き始めた。弥生の望むこと、して欲しいと思うことをすべて叶えてあげたい。弥生に幸せになってほしい。そのために出来ることはどんなことでもしてあげたい。その結果の、見返りなんてなにひとついらない。弥生が喜んでくれればそれでいい。

 それは通常の友達関係のような、対等な関係ではないのだろう。言ってしまえば、母と子のような、保護者と被保護者の関係だ。
 それは、弥生を特別扱いしないというあたしの信条とは、明らかに矛盾する。でも不思議なことに、あたしのなかでは『弥生を特別扱いしないこと』と『弥生のためになんでもしてあげること』のふたつは、なんの矛盾もなく共存し、成り立っているのだ。

 その結果どうなるかというと、あたしはこういうとき、わざと「しょうがないなぁ」という表情を作って、言うのだ。

「やれやれ。そういうことなら、しゃーない。付き合ってあげるわよ」
「ホンマに? やった~!」
「ただし、絶対にムリをしないって約束してくれるなら、だけどね」
「大丈夫、大丈夫。美代ちゃんを困らせるようなこと、ウチがするわけないやん」
「……どの口で言うのかしら」

 正直、弥生のわがままで大変な目に遭ったのは一度や二度ではない。
 優しくしてはあげるけど甘やかしたりはしない。それもまたあたしの信条でもある。

「で? その白海ってのはどこにあるの?」
「えーっとな~、インターネットで調べてみたんやけどな~」

 弥生はとある県の名前を口にした。ここからだと、新幹線に乗る必要のある県だった。

「けっこう遠いのね~。なんであんた、そんな遠くで拾われたのにこっちの施設に来たの?」

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