夏空 51


 元気になったら途端に描きたくなる。絵描きの性分である。

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「ええけど、美代ちゃん、ペンもノートも持ってきてないやん。ウチも持ってきてへんで?」
「そんなの、これでいいわよ」

 あたしは足下に落ちていた小枝を拾い上げ、先端で地面を突いた。

「弘法は筆を選ばず。天才のあたしにはちょうどいいわ」

 あたしは調子に乗って言った。もちろん空威張りであることはあたしが誰よりも知っている。自分が天才なんかじゃないことも。 

だけどあたしはこれでいい。空威張りでもなんでも、あたしがあたしらしくいられるなら、なんだっていいのだ。

「ふふふ。そういうことなら協力してあげよか。で、ウチはどうすればええんや? どっか景色のええ所に移った方がええか?」
「そうねぇ、悪いけど、ちょっとだけこっちに立っててもらえる?」
あたしはベンチの向かい、あたしからやや離れた位置に弥生を立たせた。
ここからだと、後ろの櫓と盆踊りをしているひとたちが背景になって、とてもよい感じになるのだ。
「悪いわね。すぐ済むから、ちょっとだけ我慢してね」
「おーけい。いつもより三割増しで美人に描いてな」
「もちろん。超絶美少女に描いてやるわよ」

 そうして、あたしは地面のキャンパスに小枝の筆で絵を描き始めた。

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 このときの感覚を、今でもあたしはハッキリと覚えている。

 不安がなくなって、理性のタガが外れたおかげだろうか。一種のトランス状態のように、迷うことなく次から次に線を描いていった。

 自分が描きたいもの、表現したいものが手に取るように理解出来ていて、一ミリの疑いもなく、それを右から左にキャンパスのなかへ落としこんでいく。そんな感覚だった。

 幻想的な櫓の光。その周りを笑顔で踊る人々。そしてその真ん中で、こちらを向いて楽しそうに微笑んでいる少女。

 地面いっぱいに描いたその絵は、ほんの十分ほどで完成した。

 小枝で地面に描いたとは思えないほど精密で、だけど子供が感性全開で描いたみたいに臨場感のある、自分でも良く描けたと思う会心の作だった。

「うわあ、いい絵やなー!」

 弥生はその絵を一目見るなり、歓声を上げた。

「でしょ? 自分でも自信作よ、これは」

 あたしは調子に乗ってふんぞり返った。

「これから先、何度出版社の人に貶されたって、この絵を描いたって自信があたしを何度でも立ち上がらせてくれるわ」

 ちょっとカッコつけたりもする。

「かっこえー、美代ちゃん! さすが大物ギャグマンガ家や!」
「ギャグじゃないっての! ……でもホント、諦めないわよ、絶対に」
「うん。その意気や。美代ちゃんなら、絶対になれる」
「ふふ、そう?」
「そうや」
「そっか」

 あたしは笑った。

「ありがとね、弥生」

 あたしはもう、決してこの夢を諦めることはないだろう。

 たとえ技術が拙くても、これから伸ばしていけばいいのだ。

 あたしの夢を信じてくれた、この小さな親友のためにも、少しずつ……。

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