夏空 53


「……ごめんなさい」
 弥生は俯き、震えた声で呟いた。……泣いていた。

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 その涙を目にした途端に、あたしのなかの怒りはみるみるしぼんでいき、今度は逆に、抑えようのない後悔と自己嫌悪が押し寄せてきた。

「……ごめん。あたしも、言いすぎたわ」
「……………」
「ねえ、なんでそんな嘘、ついたの?」
「……分からん」

 弥生はまた同じことを言った。

「自分でもよく分からんねん。ただ、もうすぐ死ぬって聞かされたときからずっと、そんなら身体が動く内に好きなことしてやろーって思ってたんや」

 その一言だけで、あたしは彼女の動機のすべてを、理解出来た気がした。

「それで、親を捜そうとしたの?」
「ううん、それも違うねん」
「え?」
「親なんて、本当はどうでも良かったんや。あのファイルも、出かける前にパソコンでちょこっと調べただけやったんや。ただ、美代ちゃんと遠くに出掛ける理由が欲しかっただけや。まさかホンマに親の手掛かりが見つかるとは思わへんかった」

 そう言えば、美知子さんから初めて葉山香織の話を聞いたとき、弥生は驚いた表情をしていた。

 まさか自分のあてずっぽうの推理が当たるなんて、夢にも思っていなかった。そんな顔をしていた。

「じゃああんたは、ただあたしと旅行がしたかったの? それがあんたのしたいことだったの?」

 しかし、弥生はまた首を振った。

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「旅行だって、そんなにしたかったわけやない。……たぶん」
「じゃあ」
「ただ、誰かにそばにいて欲しかっただけや」

 弥生は、今まで誰にも見せたことのない弱弱しい表情で、言葉を漏らした。

「死ぬのは……怖い」

 弥生の両目から涙がすべり落ちた。

 あたしは、胸をえぐられたような悲しみに襲われ、反射的に弥生の小さな頭を両腕で抱きしめた。

「バカ。それなら、最初から素直にそう言いなさいよ」
「……ごめんなさい」
「あんたの頼みをあたしが断るわけないでしょ。たとえ世界中を敵に回したって、あんたのわがままに付き合ってあげるわよ」
「……ごめんなさい!」

 弥生は、あたしの腕のなかで、声を殺して泣いた。

 ああ、神様……。

 どうしてこの子が、もうすぐ死ななければならないんですか?

 あたしの命を、この子に分けてあげることは出来ないんですか?

 あたしは弥生の泣き声を聞きながら、生まれて初めて神様という存在に祈った。

 弥生と同じく、声を殺して泣きながら……。

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