夏空 57


「よし。なら、とりあえず今は眠りましょう。出発は四時間後。オーケイ?」
「おーけい!」

 こうして、あたしたちは深夜の登山に備えて仮眠を取ることにした。

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 が、明かりを消してから、隣で弥生が言った。

「なあ、美代ちゃん、手ぇつないで寝てええか?」
「なによ、いきなり。いっとくけど、あたしそっちの趣味はないわよ」

 あたしは照れくささもあり、ついつれない言葉を返した。

「ウチかてあらへんよー。ウチがイケメン好きなの知っとるやろ」
「そう言えばそうだったわね。ならいいわよ。はい」

 あたしは布団の下から右手を差し出した。

「えへへ」

 弥生があたしの手を握り締める。

 弥生の手は、あいかわらず氷のように冷たかった。

 あたしはいつかと同じように、彼女の手が温まるように、その手を握り返した。

 あたしの体温が伝わっていき、弥生の手は少しずつ温かくなっていった。

「こうしてるとおかんと寝てるみたいや」

 と言ってから、弥生は茶化すように、

「まあ、おかんと寝たことはないんやけどな」

 とつけ加えた。

「ねえ、ひとつだけ聞いてもいい?」

 あたしは闇の中に問いかけるように、言葉を発した。

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「なんやー?」
「どうして、今になって狗堂山に登りたいなんて思ったの? 親のことなんて、本当はどうでも良かったんでしょ?」
「あはは。自分でもよう分からん」

 弥生は、まるで自分じゃない誰かの話をするみたいに、語り出した。

「初めはホンマに親捜しなんてただの口実やったんや。でも不思議なもんでな、なんの偶然かホンマにウチの親の手掛かりが見つかってみると、どんなひとやったんやろうとか、どうしてウチを捨てたんやろうとか、知りたくなってきたんや。ホンマ自分でも不思議やねんけどな」

 その気持ちは、なんとなく分かるような気がした。

 今までずっと雲を掴むような存在だった親が、急に葉山香織という名前を得て、目の前をちらつき始めたのだ。

 誰だって、知りたくなってしまうものなのだろう。

 ましてや、自分を捨てた親のことならば、なおさらだ。

「この間、一緒に酒場のママさんに話を聞きにいったやろ? あのときもな、聞くんやなかった、もー親のことなんかどうでもええ、って本気で思ったんや。ウチはこの一カ月、あんなバカ女のためにあっちこっち歩き回ってたんかいって、すっごい無駄なことした気になって、もー何もかも忘れてしまおーって、本気で思ったんや」
「……無理もないわ」
「……でもな、次の日から身体の調子が悪くなって、ここでこうして寝ながら窓の外の狗堂山を見とったらな、やっぱ不思議に思うんや。なんでわざわざ山のてっぺんやねん。誰かに拾って欲しいんなら町のどこかでええやん。殺してしまいたいんなら、もっと見つかりにくい場所がいくらでもあるやん。なんでわざわざ朝早く、登山用の山の頂上に赤ん坊捨てていくねん。意味分からんわーって。そんで次第にな、やっぱあそこにウチが捨てられてたことには意味があるんちゃうやろかって思えてきたんや。ほら、あの山には言い伝えがあるって、徳子おばあちゃんも言うてたやろ?」
「あの山で日の出を見ると、幸せになれるってやつね」
「そうや。もしかしたらそれが理由なんとちゃうかーって、そう思えてきてな。それで登りたくなったんや」
「……なるほどね」

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