夏空 58


「もちろん、全部ウチの考え過ぎかもしれんけどな。それに、山に登ったからって今さらなにか見つかったりするはずないってことも分かってるんやけどな。アホやな、ウチ」
「まだ分からないわよ。行ってみたら、なにか分かることがあるかもしれないじゃない」

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 そう言いながらも、あたしは弥生が言ったように、すべてが弥生の考え過ぎである可能性は十分にあると密かに不安に思っていた。

 ただ単に、十六年前の葉山香織があまりに不幸な自分の人生にやけっぱちになり、後先も考えずに衝動的に弥生を捨てたということも十分に考えられる。わざわざ夜中に狗堂山を登ったことも、もしかしたら、まったく別の理由からだったのかもしれない。

 そう、例えば、赤ん坊と一緒に自殺をしようとしていたとか……。

 そこまで考えて、あたしは闇のなかで首を振った。そんなことは考えたくもなかった。

 それじゃ、またしても弥生を傷つけてしまうだけだ。

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「もしもあの山に捨てられてたことにちゃんとした理由があったのなら……」

 弥生はひとりごとのように呟いた。

「ウチも少しは大事に思われてたってことになるんやろうか。生まれてきたことを歓迎されてたんやろか」

 弥生は、ずっと他人に迷惑をかけて生きてきた。

 事実はどうあれ、本人はそう思っている。自分の存在に負い目を持っている。

「葉山香織がどう思ってたかは知らないけど……」

 あたしもまた、独り言のように呟いた。

「あたしは、あんたと出会えてよかったと思ってるわよ」

 沈黙が流れた。弥生は少しの間、なにも言わなかった。

 ただ、彼女の小さな手が、強くあたしの手を握り返した。

「……ありがとう」

 弥生の言葉を最後に、あたしたちは眠りについた。

 それから、きっちり四時間後にあたしたちは目を覚ました。

 時刻はまさに深夜。文字通り人々が寝静まっているなか、あたしたちはもぞもぞと布団から這い出た。

 携帯電話で日の出時刻を調べてみると、あと三時間以上もある。

 ちょっと早すぎかなとも思ったが、弥生の体力のことも考えると、これぐらいは必要だろう。

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