夏空 59

 カバンのなかを漁り、役に立ちそうなものをチョイスする。といっても水と、弥生がなぜか持って来ていた懐中電灯ぐらいしかなかったのだが。

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「なんで懐中電灯なんか持ってたのよ」
「備えあれば憂いなしやん。これで非常用のカンパンでもあれば完璧やったんやけどなあ」
「防災訓練に行くんじゃないっての。……でも、明かりがあるのは確かに心強いわね」

 というわけで、ひとつきりの懐中電灯を荷物のなかに入れ、あたしたちはこっそりと宿を抜け出した。

 もちろん、美知子さんが心配するといけないので、机の上には書き置きを残しておいた。書いたのは弥生だ。

『狗堂山で日の出を見て来ます。弥生&美代』

 ……見つかったら、間違いなく止められただろうなぁとあたしは思った。

 外灯ひとつない夜の田舎道を、弥生と並んで歩く。

 夏の終わりが近いからか、コオロギか鈴虫の鳴き声が響いている。

 普段は懐かしく感じたり、ときには切なく聞こえるそれらの声も、今はなんだか、秘密の冒険を応援してくれているようで、ちょっとだけ心強い。

「ふふ、なんや、あんま寝とらんせいやろか。妙にテンション上がってまうなー」

 弥生が、隣で楽しそうに笑って言った。あたしと同じことを考えていたようだ。

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「常識じゃ考えられないことしてるからじゃないの。夜中に山登りなんて、ハッキリ言ってまともな人間のやることじゃないわよ、ホント」
「あはは、ホンマやなー。ウチらってホンマにアホや。でも、楽しいからえーやん。それに、星空も綺麗やしな」
「……そうね」

 弥生につられて、あたしも夜空を見上げた。

 そこには、あたしがこれまで一度も見たことのない、満天の星空が広がっていた。

 宝石をちりばめたような、というとても陳腐な喩えが、これほどぴったりな光景は他にないだろう。

 白海に来てから何度も星空は観たが、今日はそのなかでもとびきりの美しさだった。

 眺めていると、心まで吸い込まれそうになってしまう。

世界の広さと人間のちっぽけさを同時に思い知らされて、それでいて、心の底から安心させてくれる。

 そんな星空だった。

「ほんと、綺麗ね……」

 あたしが呟くと、隣で弥生が小さく笑った。

「なによ、なにがおかしいわけ?」
「いやな、考えてみるとウチら、この旅に出てから空ばっかり眺めとるなーと思てな。出発のときも、初めてあの山に行こうとしたときも」
「そういやあそうね。でも、しょうがないじゃない。綺麗なんだもの」
「ふふ。そうやな。ウチ、夏の空って大好きや。昼も、夜も」
「あたしもよ」

 それから数分後、あたしたちは狗堂山の入口に辿りついた。

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