夏空 60


 深夜だというのに、星明かりのおかげで思っていたよりも道は暗くない。

 懐中電灯もあるので、道を踏み誤るという心配はなさそうだった。

 それになにより、そもそもこの山は初心者用の登山コースだけあって、道の幅が広い。おまけに周囲の山からは独立しているから、遭難する心配もほとんどない。

 ある意味、夜登るのにこれほど適した山はないだろう。

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 しかし、あたしは念を押した。

「いい、絶対にムリしちゃダメよ。分かってるわね?」
「大丈夫や。今度は失敗せーへん。前よりも慎重に行くつもりや」
「よし、なら、二十分おきに十分ずつ休憩をとりながら登りましょう」

 こうして、あたしたちは夜の狗堂山を登り始めた。

 あたしが懐中電灯を持って道を照らしつつ、弥生のペースに合わせて隣を歩く。

 弥生はこの前に来た時よりは登山のコツを掴んだのか、無理にペースを上げたりすることもなく、ゆっくりと自分にあった速度で山道を進んでいった。

「なんや、今回はけっこう楽に行けそうな気がするなぁ」

 そんな軽口をたたく余裕さえあるぐらいだ。

「油断しないの。山登りは後々からキツクなってくるんだから」

 そして実際、あたしの言った通りになっていった。

 三度目の休憩を終えたあたりから、弥生の口数が極端に少なくなっていったのだ。

 呼吸も乱れ始め、歩く速度もみるみる遅くなっていった。

「大丈夫、弥生? もうやめる?」
「へ、平気やー。でも、もうちょっとだけゆっくり歩いてええか?」
「もちろん」

 それから、弥生は十メートル歩いては立ち止まり、また十メートル歩いては立ち止まるといったペースで歩き始めた。

 四度目の休憩に入ったとき、あたしはついに耐えかねて、弥生に言った。

「弥生、悪いけど、こればっかりは諦めた方がいいわ。山を下りましょう」
「嫌や」

 弥生は拗ねたように言い返した。

「約束したでしょ。あたしがダメだって言ったら素直に聞くって」
「それでも、嫌や。諦めたくない」
「なんでそこまで拘るのよ」
「今諦めたら、絶対、後悔する。そんな気持ちで死にとーない」

 弥生の声は消え入りそうで、まるでイジメられてふてくされている子供のようだった。

 何度も言うように、弥生はプライドが高い子だ。

 山登りだろうが親捜しだろうが、中途半端で終わらせるのが嫌なのだろう。

 本当に、不器用で意地っ張りで、弱くて、そして強い子だと思う。

 しかし、無情にも、休憩時間の十分はあっという間に過ぎてしまった。

「弥生、時間よ」

 だが、弥生はまだ呼吸も整っていなかった。額にはびっしりと汗が浮かんでいる。懐中電灯の光ではよく分からないが、きっと顔色も悪くなっているに違いない。

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