夏空 61


 ここで終わりにすべきだ、とあたしは判断した。

 友人としてというより、常識あるひとりの人間として、余命半年の人間にこれ以上の無茶はさせられない。

 いいや、こんな夜中に、こんな山のなかにまで連れてきてしまったことがすでに非常識だ。

 だから、ここまでだ。

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 弥生はよろよろと立ちあがり、肩で大きく息をしながら、前に進もうと足を踏み出した。

 今にも倒れてしまいそうな、危なげな足取りだ。

 あたしは、そんな彼女の腕を掴んで、止めた。

 弥生が、驚いた顔であたしを見上げた。

「弥生」

 あたしは静かに、言った。

「腕、こっちに上げて」

 あたしは弥生の腕をぐいっと引っ張って、自分の肩へと回した。

「美代ちゃん?」
「自力で登んなきゃいけないなんてルールはないでしょ。肩ぐらい貸してあげるわよ」

 常識ある人間なら、きっと止めたのだろう。

 だけどあたしは、常識よりも彼女の友人としての道を選んだ。

 あたしは思う。

 人間の幸せとはなんだろうか。

 ひとより長生きすることだろうか?

 たくさんのお金を手に入れることだろうか?

 みんながそうしているからという理由だけで恋人を作り、体面だけを気にして、結婚したり家庭を持ったりすることだろうか?

 あたしは、絶対に違うと思う。

 幸せとは、自分が満ち足りていることだ。

 自分のやりたいことをやり、常識に縛られることなく正直に生きて、そして、自分以外の誰かの力になってあげることだ。

 だから、あたしは弥生を止めない。

 弥生の望むものすべてを与えてあげて、弥生の力になってあげたい。

 それがあたしの望みで、あたしの幸せなのだから。

 だから、あたしは弥生に笑いかけた。

「行くわよ、弥生。こうなったらもう、意地でも登りきってやるわよ!」
「……うん! ありがとう美代ちゃん!」

 それから、あたしたちは肩を組んで山を登り始めた。

 休憩を挟みながら、一歩一歩、坂道を進んでいく。

 途中、足がもつれて、ふたりそろって顔面から転んだりもした。

 泥だらけになりながら、それでも進んでいく。

 どれぐらい進んだときだっただろうか、突然、隣で弥生が笑い出した。

「なによ、なにがおかしいの?」
「ふふ、だって、美代ちゃん、ウチら今、すっごいおかしな状況になってるで」

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