夏空 63


 そして、この山を登ったのだ。

 たったひとりで。

スポンサーリンク

「ねえ。弥生はお母さんのこと、恨んでる?」

 あたしの問いに、弥生は少しの間考えてから、

「分からん」

 と答えた。

「分からない?」
「恨んどるような気もするし、どうでもええような気もするし。めっちゃ腹立ってるような気もするし、かわいそうなひとやったなぁって同情しているようなところもあるし……だから、よう分からんねん。ウチ、この旅に出てから、自分の気持ちなのに分からんことばかりや」
「……そう」

 そんなものだろうとあたしは思った。

 人間の気持ちって、そういうものだろう。

「じゃあ、もしもお母さんがまだ生きていたとしたら、会いに行こうと思った?」
「たぶん。……美代ちゃんと一緒なら」
「なんでそこであたしが出てくるのよ」
「だってウチ、小心者やねんもん。ひとりじゃ怖くて絶対無理やで、そんなん」

スポンサーリンク

 昔、テレビの教育番組で観たことがある。

 子供にとって一番恐ろしいのは、親に拒絶されることなのだそうだ。

 どんなに最低な親でも、子供は心の底で、それでも自分は愛されている、生まれてきたことを歓迎されている、と信じようとするのだそうだ。それはもはや本能のようなものなのだという。

 だから逆に言えば、それを確かめるということは、とても勇気のいることなのだろう。

「美代ちゃんがおると大丈夫なんや」

 前を向いて、弥生は言った。

「美代ちゃんがおると、怖いことなんか何もなくなるんや」

 空が青い。

 空気が澄んでいる。

 夜明けが近いのだ。

 頂上はまだ遠いのだろうか。

 大分歩いたのに、まだ着かないのだろうか。まだまだ歩かなければならないのだろうか。

 ――いや、それでもちっとも構わない。

 あたしは言った。

「付き合ってあげるわよ。いくらでも……あんたが行きたいと思うなら、どこまでだって」

 あんたの隣で、あんたを支える力となって。

 いつでも、いつまでも。

 そのとき、あたしたちの目の前に、光が降り注いだ。

スポンサーリンク

前へ 次へ 作品一覧へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA