夏空 9


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「うーん、でもウチ、ストーリーがちっとも思いつかんからな~。絵を描くのは好きなんやけど」

 と、そこで弥生は思いついたように訊いた。

「そうや、美代ちゃん、スケッチブックみたいの持ってきてへん? なんや急に絵が描きたくなってきてもうた」
「スケッチブックはないけど、スケッチ用の大学ノートなら持ってきてるわよ」

旅先で急に絵が描きたくなるかもしれないので、念のために二冊ほど持って来ておいたのだ。
 あたしはリュックのなかからノートとシャープペンシルを取り出し、弥生に手渡した。

「ほい。一冊は持ってていいわよ。あんたも絵が描きたくなることあるでしょ」
「さすが美代ちゃんや。さんきゅー。じゃ、さっそく美代ちゃんを描こう」
「なんであたしを描くのよ。景色でも描いた方がいいでしょ。せっかくの旅行なんだから」
「電車が早すぎてとても描けへんよ~。それに、これは記念写真代わりや。旅の記録を写真やなくて絵で描くなんて、なんかオシャレやん」
「むむ、そう言われると確かにそうね」

 というわけで、あたしも自分のノートに弥生を描いてみることにした。
 時間にして十五分程度、ふたりは無言でノートにシャーペンを走らせた。

「出来たで~」
「あたしも出来たわ。じゃ、ちょっと交換……って、うまっ!」

 弥生の絵を一目見た瞬間、あたしのなかに電流が走った。誇張ではなく本当に走った。

 そこに描かれていたのはもちろん、大学ノートに絵を描いているあたしの姿そのものだ。写実とマンガ的なデフォルメの中間ぐらいの絵で、シンプルだが特徴をよく捉えている。たとえなにも聞かされていなくても、あたしはそれがあたしのことを描いた絵だと即座に分かっただろう。

 だがあたしが驚いたのは、そういった技術面だけのことではなかった。

その絵が持つ独特の臨場感というか、雰囲気だ。

こちらを向いて(つまりは弥生の方を向いて)シャーペンを走らせているあたし。そのあたしが、ふと顔をあげた瞬間の、その楽しげな表情。絵を描くというという真剣作業の合間に見せた刹那の表情を、弥生のペンは見事に捉えていた。

そう、一言で言えばその絵は、とても『楽しそう』だった。
正直、このまま家の壁にでも飾っておきたいくらいである。

「うわ……アンタ、相変わらずむちゃくちゃウマいわね。正直、嫉妬しちゃうわよ」
「あはは。ありがとなー。でも、美代ちゃんも上手やん」
「うーん、下手とは言わないけど、なんかあたしの絵って固いのよねえ」

 弥生と再びノートを交換し、そこに視線を落として、あたしはため息をついた。

 あたしの絵は、弥生の絵よりもより写実的に弥生を描いている。

 技術だけ見ればもしかしたら弥生よりも上手いのかもしれない。

 しかし、あたしの絵からはなにひとつ伝わってくるものがないのである。

 正直、これならモノクロの写真でも見ていた方がまだマシだ。

「はあ……こんなんだから『キャラに気持ちがこもってない』なんて言われちゃうのかしら……」

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