突然ですが、私はアダルトチルドレンでした。
アダルトチルドレンとは、子供のころに親や機能不全家庭のせいで心に傷を負い、精神が成熟できなかった人間のことです。
アダルトチルドレンの大人は常に劣等感や焦り、生きていることそのものに罪悪感を感じながら生きているため、なかなか幸福にはなれません。生きるのが辛くて辛くてたまらないのです。
しかし、私はアダルトチルドレンを自力で克服しました。
そこで今回は、私のようにアダルトチルドレンで苦しんでいる人のために、私のアダルトチルドレン克服体験談をご紹介したいと思います。
目次
軽い機能不全家庭で育った子供時代
私は比較的貧しい家で育ちました。
兄弟は四人と多かったため、寂しさを感じることはありませんでしたが、優しさや愛情に包まれた家だったかと問われれば『NO』といわざるを得ません。
特に、私がまだ幼かったころはひどかったです。
原因は、父でした。
私の父は、私が生まれたころにはタクシードライバーをしていましたが、若い頃はいわゆる不良で、のちに自衛隊に所属していたという経歴の持ち主でした。
厳しい自衛隊の訓練で精神が磨かれていれば問題ないのですが、残念ながら父は肉体は訓練できても精神は訓練できなかったのか、はたまた数年で投げ出してしまうような根性なしだったのか、とにかく人間としてとても未熟でした。
どのように未熟かというと、子供に八つ当たりするのです。
いつもイライラしていて、子供の私たちがちょっとでも騒ぐとすぐに怒鳴りつけました。ときにはトイレに行っただけで『うろちょろすんじゃねえ!』と怒鳴られました。
あまりに怖くて泣き出してしまっても、許してはくれません。
『うるせえな! 向こうで泣いてろよ!』
と、さらに追い打ちをかけられるだけです。
父に怒鳴られ、恐怖で凍りついていたときの感覚は今でも覚えています。
母は慰めてはくれましたが、私の恐怖心を取り去ってくれるほどではありませんでした。
なにより、夫婦仲が悪く、しょっちゅう夫婦ゲンカしていました。
母が幼い私たちを連れて田舎に逃げたことも何度もありました。
私にとって家庭は安心できる場所ではなく、父は私を守ってくれる存在ではありませんでした。
生きるのが辛くなり始めた中学生時代
そんな家庭で生まれ育ったため、私は成長するにつれ性格がねじ曲がっていきました。
まず、小学校時代は自分から『今日遊ぼう!』と友達に言えませんでした。
断られるのが怖かったからです。
それでも、明るいおもしろキャラクターを演じていたので、一応はクラスの人気者でした。
これは意外に思われるかもしれませんが、アダルトチルドレンなどの『心に傷を抱えている人間』の一部は、私のように子供のころはクラスの人気者である場合があります。
自分の傷つきやすい性格や対人恐怖症気味の性格を隠すために、あえて明るいキャラクターを演じるからです。これは『ピエロ』と呼ばれるアダルトチルドレンの特徴のひとつです。
(ですので、ひきこもりの男の子などは小学生までは明るい人気者だったりするケースがよくあります)
しかし、中学校に入ると次第にお笑いキャラクターを演じることにも限界が生じてきて、私はしだいに学校生活がしんどくなってきました。
多感な思春期に入ったことで、本来持っていた傷つきやすい心が表に出始めたからです。私はしだいにひきこもりがちになっていきました。
友達ほぼゼロの高校生時代
高校生に入ると、私はほぼ友達ゼロの生徒になっていました。
かつての人気者キャラクターは見る影もありません。
とにかく他人に怯えて生きていました。
一年生のころはかろうじて話せるクラスメイトもいましたが、二年生になりクラス替えで別のクラスになってからはクラス内に話ができる相手はゼロ。
登校から下校まで一言も口を利かない日さえたまにありました。
このころには、私も自分の劣等感をハッキリと自覚していました。
『俺は人に好かれない』
『俺は他人が怖い』
『俺は自分に自信がない』
楽しいはずの高校生活は、自分の劣等感を確認するだけの日々でしかありませんでした。
さらに、追い打ちをかけるように高校三年生のときに両親が離婚。離婚直前の荒れ果てた家庭は私に地獄の苦しみを与えました。
心を休ませられる場所はどこにもありませんでした。
21歳、劣等感がMAXに
そして21歳になり一人暮らしを始めたころには、私の劣等感や生きづらさは最大になっていました。
とにかく人生が虚しく、寂しく、焦りと不安に襲われるだけの辛い毎日でした。
私はとある夢を持っていたのですが、その夢もまったく叶わず、自分の無力さを痛感するばかり。アルバイトをしていても周りの人間と親しくはなれず、もちろん恋人もいない。それどころか友達もいない。
私は孤独でした。
『どうして俺はこんなにも何もかもダメなんだろう…』
そんな風に考えていました。
そう、あのころの私は自分が嫌いで仕方ありませんでした。
幼稚で、根暗で、自信がなくて、焦りと不安だけが人一倍強くて、なにをやっても虚しくて…いっそ消えてなくなってしまいたいとさえ思いました。
子供のころ、父親から理不尽に怒鳴られ、泣かされた記憶が、私から『健全な心の成長』を奪ったのです。
私は他人と話すのが怖くなっていました。
特に、自分より背の高い男の人と面と向かって話すと足が震えて来ました。
なにより、私は自分に自信が持てませんでした。
たまに他人に褒められても、喜ぶどころか居心地が悪くなってしまい、『褒めないで!』と思ってしまったほどです。
関連記事『褒められるのが嫌い(苦手)な心理!褒められたくない3つの理由!』
22歳、一冊の本が私を救う
そんなどん底の日々を生きていた私は、ふと立ち寄ったコンビニで運命の本と出会いました。
『自分に気づく心理学』
ラジオ人生相談のパーソナリティを何十年も努めてこられた心理学者・加藤諦三先生の著作です。
この本は、アダルトチルドレンではなく神経症と呼ばれる性格について説明したものですが、私の解釈では両者はほとんど同じものです。
この本を読んだとき私は、
『そういうことだったのか!』
と、思わず口に出して言ってしまいました、
自分が今、なぜこのような性格になったのか、誰が悪くて、どこに原因があったのか、すべてが理解できたからです。
原因が分かれば、自分を責めることは少なくなります。
今までのように、
『生まれつきだからどうしようもない…』
などと考えることはなくなり、
『こういう原因で、今の自分はこうなっている。なら、こうしてみたらもっと前向きになれるんじゃないか?』
と、考えられるようになりました。
『自分に気づく心理学』について詳しく知りたい方は以下の記事をご覧下さい!
関連記事『生きるのが辛い時に読む本!不安や無気力の対処法と克服法を学ぼう!』
28歳、気が付けば人生が楽しい
それから、私は自分の心を前向きに作り変える努力を重ねていきました。
もちろんすぐに変われたわけではありません。
ダイエットと同じように、ちょっと良くなったかと思えばまた元に戻るの繰り返しでした。
しかし、失敗を積み重ねるほどに『あの部分な上手くいったよな』とか『自分はこういうときに心が弱くなる傾向がある』などのように、どんどんデータが増えて行きました。
ビジネスの世界と同じように、トライ&エラーを繰り返していくうちに、気が付けば以前とはまったく違う精神状態になっていました。
今、私は生きづらさを感じてはいません。
自分の存在に罪悪感もありません。
信頼できる友人と、美人で尊敬できる奥さんに囲まれ、平穏な人生を生きています。
アダルトチルドレンだった私は、いつの間にかいなくなっていました。
私のなかのインナーチャイルドも、もう泣き止んでいました。
関連記事『劣等感を克服!人に対する嫌悪感で攻撃する?嫌悪感の原因と対策も』
まとめ
いかがでしたか?
アダルトチルドレンを克服した私の体験談をご紹介しました。
人間は子供のころの親や環境によって、その後の人生の大半が決まってしまいます。
自分で選べないモノのせいで人生が決まるなんて、考えてみれば理不尽です。
でも、どれだけ世の中の不公平を嘆いたところで、問題は解決しません。
悩んでも、恨んでも何も変わりません。
ですので、『もうこんな人生は嫌だ』『もう苦しみたくない!』という方は、このあたりで自分の心を作り変える努力をしてみてはいかがでしょうか?
今回の記事が、そのお役に立ってくれれば幸いです。
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